井戸端新聞・第十九号  
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[今週のINDEX]

第二十三回井戸端評定開催の御案内

第二十二回井戸端評定の結果




 第二十三回井戸端評定開催決定 

此度、井戸端評定において、毎週議題を設けて評定を開催致します。
開催は毎週日曜日午後十一時三十分〜翌午前一時迄で御座ります。
議題の内容は、戦国中心となりましょうが、それ以外(三國志など)も可と致します。

第二十三回は、平成十年四月十二日午後十一時三十分。
幕末の議題・「桜田門外の変談義」


※ 随時井戸端評定の案内(
「評定開催」)へ掲載されております。
※ 評定が始まれば参陣の方々には挨拶をしないで下さい。拙者等代表が挨拶しますのでご安心下さい。
※ 当面は参加者のお名前を参考に、各大名家にまつわる議題で進めて行きます。
※ 各自議題を用意して評定に望んで下さい。毎評定終了後に次回議題を決定します。
※ 傍観も認められています。

奮ってご参加くださいませ。

尚、昼衆の皆様にはこのように新聞にて結果を発表したいと思います。
何卒ご容赦下さいませ。



 第二十二回井戸端評定の結果 

さて、白熱の論議が交わされた第二十二回の評定は無事に終了しました。
参加出来なかった方々の為にも結果を掲載します。

三国志の議題・「出師の表談義」

・出師の表に限らず、今回は三国志全体を談義しました。

※華雄と孫堅
・華雄は酒が冷めない内に関羽によって斬られた。(演義)
…華雄は苑の守備隊長であって、董卓の将軍では無かった。殺したのも北上した孫堅であって、関羽では無かった。
…一騎討ちでも無く、孫堅の部下が華雄を捕らえ、そして斬首して晒したそうです。

※関羽の本名
・関羽も元は名前が違うと言う野史がある。
…関所を抜けようとした関羽は、兵に詰問された。そこで、「姓は・・・関(関所の目の前だから)名は・・羽(見上げて鳥が飛んでいた)・・字は・・雲長(雲が流れていた・・)」と言ったそうです。

※張飛益徳か?翼徳か?
・「益」の字と「翼}の字は、どちらも「yi」の4声なので発音は同じ。聞き間違い辺りから誤って伝わった。
・余談:孔明の兄弟の謹と均の字は、中国音では読み方が全く違う。

※風を呼んだ孔明
・赤壁の戦いの時、孔明は風を呼んで、呉軍に勝利をもたらした。(演義)
…地元の気象現象として、地元では風が変る事は当たり前だった。

※見直されている魯粛
・無能の人、良い人のままであった。(演義)
…隆中策こと天下三分の計を最初に発言したのは魯粛であった。
…曹操の魏、劉章の蜀(益州)、孫権の荊州と揚州で三分→曹操の魏、孫堅の荊州と揚州と益州で二分と言う策だった。
…当時、襄陽での学士には当たり前の考え方であったと言う説もある。

※野心家・劉元徳
・孫権を利用して蜀を得る。
…赤壁以降、劉備は孫権の被官であったと言う説もある。(魯粛の策通りであれば)
…孫権は曹操に敗れた劉備を保護して被官にし、江陵を支配させて蜀に勢力を伸ばさせた。つまり、二分化のつもりだったが劉備は独立をした。

※老黄忠は本当に老人だったのか?
・生年がわかっていない為、老人であったかも疑わしいと言われている。
…没年からすると、実は夷陵の戦い以前に病死しており、病死してから夷陵の戦いで戦死した。(謎)

※悪人魏延
・演義では酷く悪人&謀反人として描かれているが、正史では彼には罪が無いように書かれている。
…魏延は孔明亡き後、政敵とも言える楊儀によって罪をでっち上げられて殺されてしまった。
…楊儀は孔明が死ねば、自分が魏延に殺されると思い込んだらしい。
…蒋エンは魏延に罪は無いと判断して楊儀を追い出した。

※中国の劉禅像は住民に破壊されてしまった。
・何度も何度も破壊され、終には知事にも破壊された。

以上が主な意見でした。
皆様のお考えは如何に?!




編集 鍋島信生:VFF07310@nifty.ne.jp
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平成十年四月十二日