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歴史game のお話 其の67


ちゃちゃおさん
E-mail:
chacha16@mug.biglobe.ne.jp

勝手に歴史SLG批評

 第四回 RPGでは続編が劣ることが滅多にない理由

 以前(其の60)、SLGでは傑作の次は失敗作になる可能性が高いと書きましたが、RPGでは心の底から新作を罵る人は少ないようです。この違いはRPGは簡単に目先を変えられるので、戦闘シーンなど評判の高い基本システムをほとんど変える必要がない点にあると思います。

 具体的には以下の方法で目先を変えられます

�\こ�設定・ストーリーを変える
 RPGでは新作のたびに新たな世界設定や物語を作り上げることができます。
 歴史ゲームの場合、戦国時代・三国志と扱う世界は毎回同じです。RPGと違いストーリーがありません。ない以上、変えようがありません。

��登場人物を変える
 RPGでは前作とは全く違う人物を主人公・脇役として作り上げられます。能力も外見も性格も自由自在に作れます。
 歴史SLGでは、信長の野望なら戦国時代の武将1000人といった具合に毎回キャストが決まってしまっています。

��グラフィックをきれいにする
 グラフィック(背景・戦闘シーンなど)のきれいさは、RPGの人気要素の一つだと思います。グラフィックは力を入れればその分だけよくなります。
 SLGではグラフィックをきれいにしてもあまり意味がありません。動きが遅くなって嫌われるだけかもしれません。

�ぢ召離押璽爐�ら看板ルールを借用する
 ドラクエ�困竜伺宗複藤騰垢離献腑屐烹藤騰擦離螢潺奪筏察淵┘好肇櫂螢硬禅��兇療椶螢僖錙次砲和召離押璽爐離襦璽襪離僖�リです。しかし、何の違和感も感じられませんでした。どちらも戦闘システムの看板ルールとして見事に機能していました。
 SLGではそうはいきません。一つのルールが突出して役立つ事はSLGではバランスの崩壊として忌み嫌われます(将星録の忍者など)。全てのルールがほぼ同程度に役立ち、ユーザーの趣味にあわせて多彩な戦略・戦法がたてられる(三国志�垢呂海療世波鷯錣僕ソ─法△修譴�SLGの理想型なのです。


 戦国時代の実在の武将を用いたゲームという重い制約を課され、システム自体を毎回いじらねばならない信長の野望シリーズと比べれば、何もかも自由に作れ同じシステムを流用できるRPGでは名作の連発ははるかに簡単だと思います。

 RPGは付随的要素で勝負できるので人海戦術が向いているゲーム、SLGはシステム部分こそが大切なので少数精鋭でも勝負になるゲーム(初代ダビスタは数人で作られたという話を聞いたことがあります:光栄の顔グラフィックは人海戦術的ですが)と言うこともできるのではないでしょうか?

 P.S. アクションゲーム(特に格闘ゲーム)も人気の高い基本システムをいじらずに済む点では有利です。�ヽ┐鬚�れいにする�△曚鵑両�し新ルールを加えるだけで続編としての大ヒットも可能です。

山中鹿之介幸盛さん
E-mail:
mserika@alles.or.jp

リプレイ尼子の野望 第3話

<<鴻之峰城奪取>>

1552年12月現在 城数は前回同様3城。家臣も月山富田城に遊佐信教が加わった以外変化無し 計10名。

<1552年12月>
野戦につぐ野戦で尼子の軍勢はかなり消耗させられた。晴久様も防御を固めねば危ないと気付かれたか、建築の得意な出雲石見の武将を総動員し、出雲国内に支城の建築を始めた。月山富田城を囲むように7城・毛利への備えとして安芸と出雲の境に1城(既存)・その他2城、合計10城の支城網「尼子十旗」は半年後完成する。
※ 尼子十旗:この当時、出雲国には月山富田城を本城として、尼子十旗と呼ばれる支城群が存在した。これらは尼子支配下の豪族達が城主を務め、あたかも出雲全体が一つの城塞であるかのように機能していた(史実)。

<1553年4月>
織田信長、正徳寺にて斎藤道三と会見を行う。
本来ならばそれほど影響の無い出来事なのだが、現在尼子は観音寺城も所有している。この2家の同盟によってその矛先は観音寺城に向いてしまうだろう。今川が織田を足止めしてくれる事を期待したいものだ。
< 8月・9月>
性懲りも無く攻めてきた大内義長の軍勢を山吹城下で撃破。立原久綱軍に完膚なきまでに痛めつけられ敗走していきおった。さすがは我が叔父上だ。
豊作…と喜ぶ間もなく、織田信長によって伊勢国大河内城の北畠があっけなく滅ぼされてしまった。これで完全に織田と領土も接する事となったな…。

<1554年1月>
晴久様のご長男義久様が元服。しかし晴久様と比べて武勇も政治も今一つのようじゃ。晴久様にもしもの事があった時、御家が揺らぐような事がなければよいが…。
< 4月>
尼子誠久、大内義長を山吹城下で撃破。ええい!しつこい!!
< 7月>
太原雪斎の功により甲駿相三国同盟が成立した。これで今川も織田攻めに全力を注げる訳だ。実にめでたい。

<1555年1月>
大内義長がまたもや石見に攻め入ってきおった。それに対し我が方は敵が江川を渡河の最中に、国久様が左側面を衝き、全滅させた。(江川の合戦)
義長をこの戦いで捕らえたが、猛将の陶晴賢が後継者となる事を危惧してか、あっさり解放。確かに義長ぐらいならいつ攻めてきても恐くないからのう。
<10月>
江川の合戦は、大内に壊滅的な打撃を与えていた。1月時点で大内家本拠の鴻之峰城は城兵3000弱。
この悲惨な状況で、もはや我が軍を撃退する力は大内にはなかった。国久・誠久親子の新宮党と叔父上の軍勢が山吹城を出て鴻之峰城に向けて進軍。大内義長は貯まってきた兵5000で城を進発したが、何故か長門方面の山道を迂回して、山吹城に向かったようだ。こちらは既に城を囲んだというのに、愚かな奴よ。
誠久様の1部隊が混乱させられたようだが、行動に支障は無い。構わず城に攻め入り、大した抵抗もなく城を奪い取り、降伏した天野隆重を配下に加えたのである。義長の軍勢を山吹城に駆けつけた宇山様が撃退したのは言うまでもない。こうして大内の勢力は本州から駆逐されたのでござる。

鹿之介元服まであと3年

続く

山中鹿之介幸盛さん
E-mail:
mserika@alles.or.jp

ちょっとこだわってみました

リプレイの中で、オリジナルで登場しない城名を出してますが、これは将星録PKの城エディタで城名変更している為です。
1551年の時点で何で大阪城があるんだ!とか、この時期石見国で一番重要だったのは銀山なんだから福光城じゃなくて山吹城だろ!とか、結構気になってしまう性質なんです。変更した城名をあげると

山口城:鴻之峰城
福光城:山吹城
大阪城:芥川城

といったところです。
PKのエディタは前作の物に比べて制約が大きいので不満は残りますが・・・。時間が出来たら、FAさんの書き込みでも見ながら改造してみましょうかね。

FAさん

御苦労様でした

ちゃちゃお殿、風柳斎殿、遅くなりましたが、リプレイ、本当に御苦労様でした。

ちゃちゃおさん
E-mail:
chacha16@mug.biglobe.ne.jp

RE:維新の嵐討論会ノススメ

 「維新の嵐2」ですが、私も多いに期待しています。橋本左内をわざわざ選ばれるという事は山中鹿之助幸盛さんは明治維新もお詳しいのでしょうか?
 私は明治維新は三国志や戦国時代と比べるとほとんど知らないので(年表的知識が少しあり、超有名人について少し知っている程度)明治時代をそれほど知らない人にもプレイできるゲームにしてほしいなあと思います。
 久々のジャンルなので、光栄ファンにも明治維新を知らない人が多いのではないでしょうか?

 維新の嵐は大好きでした。山中鹿之助さんもおっしゃっていましたが、なんでもいろいろ出来ることが好きでした。
 リコエイションゲームの第一作だったと思いますが、信長・三国志では国単位でプレイヤーが操縦するのに対し、維新の嵐は一人の人物のみを操作する・・・その点が何でもできる自由度につながったのだと思います。

 辻斬りしていたら仇討ち連中が集まり京都に隠れたが結局斬り殺された、リターンキーを壊した、信服した大名全てを他のキャラの来ない所に島流しなど、とんでもない話(其の43)が豊富なゲームでもありました。

 ところで、維新の嵐2はいつごろ出ると予想されているのでしょう?最近はほとんどゲーム雑誌を読まなくなったもので、予備知識が入らなくて困っています。発売日以外にも何かご存じの事がありましたら、ほんの少しでいいですから掲示版上でお教えいただけませんでしょうか?

 P.S. 討論会の話はいいアイディアだと思います。明治維新はほとんど知らない私ですが、末席に加えさせていただきたいと思います。

 P.S.2 維新の嵐は最初に出た98版と後に出た88版でかなり違ったゲームだったようですね。私がやったのは98版です。

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